モロッコ珍道中
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エリアには25人のフランス人ツアーがいた。 彼等はランディングの民宿に泊まる。 泊まるとエリアフィーは只になる。 テークオフ標高1100Mtr。
地面に注目。 このような地面がどこまでも続いている。
調子のいいイタリア男ダニエルにフランス独身女性の大豪邸に連れて行ってもらったことなどはひとまずおいて、翌朝は300Km先、海辺の街アガディールへ向かう。切立った峠の谷合から見え隠れする銀色の雪をいただいたハイアトラス山脈の主峰ツブカル山(4165m)の姿に一同息をのむ。 アガディール郊外2〜30Mtrのリッジが30Kmも続く海岸のエリア。 待受けてくれたダニエルの友達と一緒に飛ぶ。 安定した風は心地よく3時間もフワフワと飛んでいた。オマールケンちゃんが何気なく口にした『ついに..俺も大西洋の風になってしまったぜ!』がキザに聞こえない。 ランディングで引きずられ砂をかぶった鷲のデジカメは可動部分に砂がかんで一発アウト。 砂漠の砂はもっと細かく怖い。 ユセフ師はビデオ用に特別フードをこしらえてきている。 アガディールから150Kmアグルゥビーチはこじんまりした海辺のホテル。 アーメッドズッキィーニが銀髪にサングラスを光らせカウンターにつくなり、受付の目のパッチリした20歳くらいの女性 『まあ かっこいい(ズィーン!) 私 この人大好き』と一目惚れ。 『おいおい止めとけよ! 歳もいってるし、金もないぜ』と焼もち半分でモハメッドラヤシが云っても『いやぁ〜ん そんなことなんかどうでもいいわ もう駄目〜ン』 とえらい騒ぎである。
夕食前に酒がないことに気がつき15Km戻ったホテルのバーの売値でワインを分けてもらう。 今回のタジン料理は魚。 巨大なスズキ科の魚らしい。 とっても旨いが5人でも食いきれなかった。
上の三角は蓋。入れるものによってかなり味は違う。
肉、ソーセイジ、魚、野菜等々。鍋を手に入れたらペンギン村でタンポポの皆さんにはご馳走します。この他モロッコ料理はクスクス、ケバブゥーなど。
アグルゥビーチから南へ海岸に沿い2―300Mtrの穏やかな山並み、というより我々パラヤンにとってはおいしそうなリッジが何10Kmも続く。 TOは町を見下ろす山頂。 天気は良いが沖にウサギ。 フライトは諦め、海岸を南に15Km、ハッシッシなフランス人がやっているニディイーグルというエリアを見に行く。 山頂にはコンクリートのランチャー台、食事も頼めるラウンジ、宿泊施設、テント村等設備は整っている。 ロッジにはレンガ造りの小屋に住んでいるワン公の方が信用できそうな、あやしげな従業員とも居候ともつかないパラヤンが4−5人。 海までは距離もあるのでサーマルも期待できそうと指をくわえる。 昼飯は更に南に下り南仏の港町を思わせるようなシディイフニのおしゃれなホテルのレストラン。 凧のように巨大なカモメの飛ぶ白い街並を見下ろしながら食べるヒラメのフライは一皿に大中2匹。 日本じゃあ中の方でも一匹2000円はするだろうなどと余計なことを考えてしまう。アグルゥビーチから北にあるエリアも見に行くことにする。 遠くから見ると150Mtrはある絶壁に白い波が打寄せ格好良くも凄そうである。 村人に尋ねながら進んで行くと大雨の時には川になるような深さ50Mtrほどの沢を横切らなければならない。 道路は砂地、しかし、こちらも4駆。 例によって強気のアーメッドズィーンが『平気だよ!ガァーと一気に突っ込めば上がるよ!』....しかし、底のV字でスタック。 砂地を上がる事は無理と考えたモハメッドが横の草付きをしゃにむに登ろうとするがパジェロは斜面で横転しそうになる。何とかUターン。 下りて来た道を逆に登ろうとするが 後輪は砂を吹き上げ、ついにアリ地獄。 最後は人力。勢いをつけて4人が必死に押し上げ脱出に成功。 あまりのピンチに皆青ざめていて汗さえかいていなかった。 これでAHOの旅には付物の迷走・ハプニング篇は終り、以後順調に飛べると思ったのはとんでもない間違いだった。
翌朝アガディールへ130kmを走り酒を入手。標高2000mtrアトラス山脈をよこぎりカスバ街道を抜け砂漠の入り口エルフード(700km)が今日の目的地。受付嬢の呪いでアーメッドズィーンは風邪気味。そんなことにはお構いなくパジェロは片側1車線の道路を120‐140kmで走り続ける。トラックの追い越しは命がけ。谷沿いのオアシスには桜とそっくりなアーモンドの木が満開。乾燥した大地は1500mtrを超えると赤茶色。真蒼な空とのコントラストは美しいの一語である。アルジェリア国境の街エルフードではトワレグ族の観光ガイドがさかんに日本語を並べ勧誘し桃太郎さんまで唄いだす。 エルフードには流れてきた日本人女性が7‐8人居ついて観光客をカモにしているそうである。 きっと薄情けが売りのカスバの女になってしまったのだろう。 翌朝砂漠へ行く。 テレビや映画で見るとおり....であるが現物の迫力はやはり“すごい”。 砂地獄でパラを担ぎ上げる気には誰もなれなかった。次の目的地フェズへはハイアトラス、ミッドアトラスの2つの2000mtr級の峠を越え550km。フェズへあと150kmと迫った最後の峠で雪のため通行止め。路面は既に8cm以上のアイスバーン。警察に確かめると3本ある山越えルートは全部封鎖。 カサブランカの空港へ帰るには来た道1600Kmを延々と引き返すしかないと覚悟をきめ、近くのホテルへ飛び込む。電話でダニエルに相談するとミデルトから700kmだがフェズにつくルートがあるとか。 外はブリザード翌朝走れる保証は全くない。 4人は額をよせて女の呪いがこんなに凄いのなら、いっそアーメッドズィーンはアグルビーチに置いてきたほうが良かったと後悔した。
写真は ジャスミンティー 「うまいっ!」と飲んだふり。
「やったね これで隊長はスーパーゲィリー!」 と喜ぶオマール。
フェズは中世から栄えたモロッコの中心地。市中心部の擂鉢状の傾斜地にメジナと呼ばれる世界遺産に指定されている旧市街地が広がる。中はアメ横を超煩雑にしたような市場とも商店街ともいえないような迷路型密集住宅地。ゴマのハエのようにガイドが売り込みにつきまとう。モハメッドコッバーはいきなり携帯を取り出し「警察を呼ぶぞ!」そして本当にダイヤルをクリックし始めるとやっとガイドは後ずさりしながら尚も売り込みを止めない。そいつがいなくなった途端、次が現われる。たいていの日本人は餌食になる。立ち食いのヨーグルト(一杯13円)、ざるに入った出来立てのカッテージチーズなどを仕入れる。 翌朝首都ラバトのエリアへ向かう。洪積性の台地を流れる川は200mtrくらいの河岸段丘をつくり、白い町の向こうに広がる大西洋の風を呼び込む。いいサーマルが出ると2kmほど先の対岸へもつけられそう。TOはテーブルトップの草地。 2-3mtr ステイは無理かなという風でアーメッド、 オマールのカモメが出る。意外にも100-150mtrで調子よくソアリング。 リッジに沿って流すと上流にモスクの屋根が出てくる。 上を飛ぶと自爆ロケットでも飛んできそうなので引き返す。 何度もトップランを繰り返すうち、突き飛ばされるような強い風になりお開き。午後はモハメッドの昔の部下でほぼ土着した人の家に招かれる。中庭付きの豪邸にはグレイのベンツ。 フランス人の奥さん手造りのお菓子でコーヒータイム。 アルガンというモロッコにしかない木の実が話題になった。 岩山の道端であちこちのりんごくらいの木に5―6匹の山羊がなっている不思議な光景に出会った。 偶蹄目は木登りも得意らしいがその実を食べていたらしい。 実から絞った油は細胞を若返らせる力があると言い食用、石鹸、オイルなどが作られている。 定期健診2週間前くらいから毎日食べ去年のコレステロール値と比べてみようと思っています。 結果が良ければ大量に輸入し大金持ちになる予定です。 ガッハッハ!
空港でダニエル、モハメッッドコッバー、YSC出身の古川タカ子さん
トルコ式便器 左手の指4本で拭い取りバケツの水ですすぐ。
残った水で便器を流す。 故に左手で食べ物を触るのはご法度である。 モロッコ滞在中ワシは一度もこの手のトイレは使わなかった。 ホテルは洋式で紙もバッチリ。 野糞は日本と同じように飛ぶ鳥状態でやってきました。
2月16日(木曜日)に成田を出て今日はもう25日(土曜日)。日にちの感覚も曜日の感覚もモロッコの砂にこすり落とされたが、帰りの飛行機の時間だけは正確に迫ってくる。カサブランカの隣町モハンメディアは潮風さわやかなフランス人居留地。ダニエルのマンションは家賃7万セキュリティーガッチリ、100平米程2ベッドルームのゆったりした作りだ。家事は通いのメイドさんがやってくれるそうだ。5機分のパラとハーネスを皆で運び込み帰りの飛行機は身軽である。 たか子さん、ダニエルと最後の食事は海岸沿いの大きなイタリアンレストラン。 米の飯が懐かしいのでパエリアを注文。 前菜の生カキは小ぶりで味も淡白。 アトラス越えでゲリピィーに襲われ度々道端の岩陰に走りこんだオマール、用心深いユセフは警戒して手を出さないので丸々一皿はめでたく鷲の胃袋へ。 モハンメディアのホテルは料金の行き違いからダブルベッドの2人部屋。 オマールとのベッドシーンは想定外なのでシングルベッド二つに取り替えるように頼むと若くてきれいなメイドだがグズグズと出来ない言い訳。 今まで黙っていたオマールがいきなり右手を高く上げて『ルーム チェンジ!』と叫ぶ。 あれほどグズグズ言っていたメイドが急に片膝をついて『かしこまりました ご主人様!』。 そしてオマールを見つめるメイドの目には星まで入っている。 一人部屋だとアラビアンナイトの続編もあったと思われるが、今晩でモロッコとはおさらば。 『ズゥイーンの呪い』『オマールの残念』をモロッコに撒き散らし、帰りのパリー成田は偏西風を受け行きより3時間も短いが、社会復帰を心配しながらのエコノミーはやっぱり窮屈だった。
モロッコ移動の終盤にモハメド師の相棒さんだった井山氏宅に招かれてゆっくりできました。これは トイレ使用願望のユセフ・アカにとっては嬉しいことでした。話が弾む中 事故の写真を出してきて見せてくれました。りっぱなクラッシュ事故です。
この当事者はご主人様です。なんとモロッコ一番の運転力不足を知りました。これがはじめから見ることができたら、もっと移動の感想は違ったものとなったことでしょう。
帰り際 玄関でパチリと1枚 オマル師に親しくされてるのが、井山氏です。
リゾート地 "大西洋岸の小さな集落がぽつんとあった。ここでただ一つのホテルに泊。私はここが一番気に入りました。部屋もよかった。NO,170のアグルビーチだそうです。こんな所にゆっくりと滞在したいものです。リッジのエリアで楽しそう。
国全体に山はなだらかで大きく、木は少ない、と云うより森や林はあまり無いのでどこでも三筋、ハチ北、阿蘇のように飛べそうだが山賊飛びはお奨めできない。 モハメッド小林がモロッコ勤務中、フェズから10km市街を一望できる山から飛んだ時には、ランディングに王宮から軍隊が出動して大騒ぎになったそうである。 モロッコ在住のフランス人パラヤンを中心に大きな街の近辺には一応管理されたエリアがある。 エリアフィーもほとんどタダとか、地権者の民宿で飯を喰うことなどと安い。 多くのエリアは日本のような地形に影響されたこまかいサーマルやシンク、極端な荒れなどとは無関係上がる下がるがはっきりとした安全な飛びができそうである。 平野から谷沿いに奥へ何10kmもリッジが続くアゲルグルグ―ルでも山肌から30-40mtrの幅でどこまでもリッジがあり、カスバの上、土塁に囲まれた畑の上など、それらしい所で沖に出すと+1〜3mtr回してもホバってもいられるような大きいサーマルが点在していた。 人の上がっているところに行くと必ずヒット。勝ち負けの無い平和なエリアでした。 季節的には11、12月 3,4,5月がよい。 夏は乾季なので暑くて飛んでいられないようでだ。 アルプスが雪で飛べない冬はどのエリアにもフランスを中心としたヨーロッパからのパラヤンで賑わいパラのガイド兼イントラもよく見かけました。 ラバト、アガディール、二ディイーグルなど大西洋岸のエリアは偏西風の影響で午後は強めの風が吹くが豪快でのんびりとした飛びが楽しめます。ツアーなら10日間、航空運賃レンタカー乗り捨て料金を考慮しなければ、パリからアガディールへ入りマラケッシュ、ラバト、フェズと飛びフエズからパリに帰るコースは天気が悪くても観光に切り替えがきくのでお奨めかなと思いました。
小さなカスバが山の上にあるマラケシュ郊外のエリアとユセフ赤井
ツアー参加者5人を紹介をします。
海外青年協力隊を経て、フランス語圏のODAがらみゼネコン某社の元所長。 今回のツアーは企画、切符ホテルの手配、通訳、ガイドから使い走りまで堪能な彼のフランス語と善意に甘えきって行なわれた。 パラピー出身。 現在はCalipt’Air、Sky PARAGLIDERの正規代理店A.C.Bを経営。 また葛城山タンポポクラブの会長でもある。 函南のA.C.B社屋脇にペンギン村が開設されて以来、徐々に体はAHOに蝕まれ各地を飛び回るようになる。
悠々自適な風貌からあだ名はトトロ。 丹那を足場に世界を飛び遊ぶAHO(パラのグループ)の良識。 遠征3日前、幸か不幸か医者のOKが出て憧れのカサブランカへ。 大痔主の心配は紙のないトイレ。 氏愛用の携帯ウオッシュレットは一行の必須アイテムへと成長。 指で直接拭き取りその指をペットボトルでクチュクチュと洗う悪夢から開放され、一同揚々と出掛けたが、現地人の作るサラダにまでは考えが及ばず、真っ青になったことは前述である。 イクスのリッチな旅に慣れた氏にはパジェロに5人10日で2600kmも走り回るAHOな旅は辛かったと思われます。 最初の試練はパリの空港。 命の綱ウオシュレットを飛行機の座席に置き忘れる。 これがホントの尻切れトトロ! 『キャハァハー』と笑った次の瞬間、自分も酒の無い国用に持ってきた命の水『ボンベイ サーフィー』を機内に置き忘れたことに気が付いた。 被害は酒の方が大きかった。 アグルビーチからエルフードへの700kmうち200kmは酒を買うための回り道に費やされた。 ために本来の目的地メルズーガへは着けなかった。 レバ、タラではあるが着いていれば月の砂漠でラクダにゆられ、アトラス越え雪の封鎖には遭わなかったし、フェズでも飛べたはずなのである。 ところでユセフ師のお尻は? 秘密兵器は3個も用意されていた。 氏唯一の収穫はイングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガートのタバコの煙が漂うハイアットホテルのラウンジが見られたことであろう。
絶滅危惧種矢倉岳出身のパラヤン。 カヤック、ウィンドサーフィン、スノボーと趣味は広いが、半ば隠退の近頃は気になるスポーツはウイークデイに通い詰め人より上を目指す。 パラもコルベット、ケンベックスカイーC、チャレコン、イクシオン、ウィスパー、バイオニック2、エリスの妹アレス(スカイ)と乗り継いでいる。立ち上げにてこずり鳥倉岳TOで血だらけになった盟友堀口氏のヘルプに降りたトップランは語り草である。 隊長、しし、元帥、そして今回の旅でついたズィーンとあだ名も多く、療養中の高橋氏と並ぶグループ(AHO)の顔である。
テポドン防衛軍勤務。パラは1989年に職場の仲間7人と行ったYSCの体験ではまる。 ハッサンとはそれ以来のつき合い。 矢倉岳クローズ1週間前の骨折で中断、以降カヤック、ウィンドサーフィンと遍歴。 現在は黄色のカモメがお気に入り。 旅の間“オマール マルゥヤマッ”は受けた。 順に紹介されるとオマールのところでなぜか笑いがはじけてしまい、つぎの鷲は満足に紹介してもらえなかった。 カサブランカーパリ間のスッチーにもえらく気に入られ、ドゴール空港乗り換えの長〜い列の中でも目ざとく見つけられ『オー! オッマール! こんなところにいたの〜! キャーハッハァー!』 まさにキャラクターの勝利!?
自称AHO鷲、ちなみにAHO鷹は高橋氏、AHO鳶は飛び頭の大倉氏。 鷲はパラ歴こそ長いが飛びはぶっ飛び主婦の足元にも及ばない。 矢倉岳、スカイゾーン松田とエリアの消滅で発生したパラ難民が何となく集ったAHOはアーメッド鈴木、望月氏(矢倉岳)、ハッサン松下の三人で富士見パノラマへ通いだしたことに始まる。 現在はエリアヤマザキ、丹那、大仁葛城山と飛ぶ場所に恵まれているが、難民時代の仲間捨てがたく、毎週末函南ペンギン村でパラ談義。 さて、ペンギンではタジン、クスクス、ケバブーなどのモロッコ料理が旬を迎えます。 『モロッコ珍道中』を読んだ!と言えばムシューコバァーのおごり!多分フリーで食べられま〜す。